心不全とは
「なんらかの心機能障害によって運動耐容能が低下する臨床症候群」
と定義されています。
ここではわかりやすく「心拍出量の低下」と考えればいいです。厳密には違いますが
心拍出量の低下によって血圧低下や循環不全が起こります。
心拍出量の低下は「心臓そのもの」が原因であれば、「心臓以外(血管など)」が原因の時もあります。
心拍出量が低下する「あらゆる原因」が心不全になります。心不全は「症候群」なので
心不全の原因を理解するには次の3つの基礎知識が必要になります。
・心収縮力
・前負荷
・後負荷
心収縮力
心筋梗塞が原因で心臓の栄養血管である冠動脈の血流不足、いわゆる虚血性心疾患や、不整脈、弁膜症(大動脈弁逆流・狭窄の弁膜症)、心筋炎、などなど
「心臓そのもの」が原因で心拍出量は低下します。

治療として、
強心薬(心収縮力↑)
強心薬は文字通り心収縮力を高める薬剤と血管収縮作用を高める薬剤があり血圧を上昇させます。昇圧剤とも呼ばれます。一時的な血行動態の改善に有効です。血圧低下、末梢循環不全、循環血液量の改善に用いられます。心不全で強心薬でも血行動態が破綻する場合は補助循環を行いることがあります。
前負荷・後負荷
上述した心収縮力は「心臓そのもの」が原因で心拍出量が低下しますが
心拍出量は「心臓前後の血管」でも変化します。

前負荷は心臓の入る前の血液の抵抗
後負荷は心臓を出た血液の抵抗
になります。
基本的に、
前負荷は血液量が多いほど心臓に血液が入りやすいため負荷は少ない →心拍出量↑
後負荷は血管が柔らかいほど心臓が血液を押し出しやすいため負荷は少ない →心拍出量↑
とイメージすればわかりやすいかと思います。

上は一回拍出量と前負荷・後負荷の関係性を示した図です。
前負荷は高いほど得られる一回拍出量は高いです。
(フランク・スターリングの法則)
後負荷は低いほど得られる一回拍出量は高いです。
しかし、前負荷が高すぎると(前負荷曲線の一番右)一回拍出量が低下します。いわゆる「溢水」の状態であり、血液量が多すぎるために心臓がパンパンに張ってしまい、うまく駆出できない状態です。
このように心不全は心臓そのものだけでなく、前後の血管の影響で心拍出量が左右されます。
治療として、
容量負荷(前負荷↑)
現場ではボリューム負荷とも呼ばれます。輸液や輸血のことです。血液量が少ないと判断した場合は輸液をしますが貧血であれば輸血をします。
利尿薬(前負荷↓)
ループ利尿薬は体液貯留・心原性肺水腫に使用し、前負荷を軽減させ浮腫や肺うっ血が改善します。利尿効果が見られない場合は違う尿細管作用の利尿薬を使用、もしくは持続的血液浄化による限外濾過を行います。
限外濾過(前負荷↓)
血液浄化装置を用いフィルターによって除水を行います。4時間の血液透析(HD)でも除水はできますが、急性心不全では循環動態の変動が少ない緩徐な24時間の血液透析(CHDF)を行うことが多いです。透析治療をせず除水だけを行うECUMとよばれる方法もあります。病態に合わせて使い分けます。
血管拡張薬(前負荷↓後負荷↓)
心原性肺水腫に有効ですが体液貯留が目立てば利尿薬中心で治療します。血圧の低い心原性ショック患者は血圧低下するため血管拡張薬の使用を控えます。
血管収縮薬(後負荷↑)
強心薬は文字通り心収縮力を高める薬剤と血管収縮作用を高める薬剤があり血圧を上昇させます。昇圧剤とも呼ばれます。一時的な血行動態の改善に有効です。血圧低下、末梢循環不全、循環血液量の改善に用いられます。心不全で強心薬でも血行動態が破綻する場合は補助循環を行います。
急性心不全の初期対応
急性心不全の診断イメージ

心停止した場合は心肺蘇生(CPR)を行います。
右心不全(肺血管異常)と急性冠症候群(ACS)(冠血管異常)は特殊な病態なので、できるだけ早めに診断して除外します。
急性心不全は
・収縮期血圧(CS分類)
・うっ血・低灌流の有無(Nohria-Stevenson分類、Forrester分類)
で病態を把握します。
クリニカルシナリオ(CS)分類

CS分類は収縮期血圧だけをみて病態を予測するものです。参考にします。
ノリア・スティーブンソン(Nohria-Stevenson)分類

Nohria-Stevenson分類は
うっ血や脱水の程度(dry-wet)から体液量
四肢の冷感(warm-cold)から末梢循環
をみて心不全を分類します。
心不全は病態が広いので、このように分類することで治療の方向性を決めます。
Nohria-Stevenson分類で不十分な時はスワンガンツカテーテルを用いたForrester分類によって分類します。
フォレスター(Forrester)分類

分類の見かたはNohria-Stevenson分類と似たようなもので、
末梢循環 →心係数(CI)
体液量 →肺動脈楔入圧(PAWP)
として数値化できます。
ここまでで完全に診断をしないのです。病態をなんとなく「予測」するのです。
確定診断も大事ですが、緊急時は早めの治療が優先されるので、おおまかに病態が分かったら治療をします。
診断の確定には専門医が
・病歴・症状(胸痛、家族歴、慢性心不全)
・身体所見(うっ血・末梢循環・脈・呼吸・トリアージ)
・バイタル(血圧、心拍数、呼吸数、SpO2、体温)
・血液検査(BNP、NT-proBNP、腎機能、電解質、血糖、血算、肝機能、甲状腺機能)
・エコー検査
・胸部X線
・胸部CT
・12誘導心電図(不整脈)
などを行い、検査します。
診断中もとりあえず治療!
診断も大事ですが、急性心不全は緊急時が多いです。
上述したように早めに病態を把握し、治療を行うことが大事です。
治療を行いながら診断を同時進行で進めるのが鉄則です。
患者がショック状態のときは蘇生を行います。
循環管理
血液ガス測定で乳酸値(Lac)>2 mmol/L
収縮期血圧(SBP)90 mmHg以下
あるいは平均血圧(MBP)65 mmHg以下
容量負荷(輸液)や強心薬を投与します。
それでも循環が立ち上がらない場合は補助循環などを行います。
・補助循環
容量負荷や強心薬が効かない場合は機械による循環補助を行います。大動脈バルーンパンピング(IABP)やECMO(PCPS)、インペラー、補助人工心臓(VAD)などの種類があり、別項で詳しく解説します。
呼吸管理
SpO2 90%以下またはPaO2 60 mmHg以下では酸素投与
呼吸回数25回/分以上、SpO2 90%以下で呼吸困難の改善が認められない場合は陽圧呼吸(NPPV)
それでも改善を認めない場合は気管挿管により人工呼吸が推奨されています。
・NPPV
心不全では陽圧換気で肺血流が改善し有利になる場面があります。
その際に同時進行で心不全歴や治療歴、既往歴、安定期のバイタル、心機能などの患者情報の収集を行います。心エコーを行うことでより的確な診断および病態把握ができます。
参考資料(フローチャート)

急性冠症候群(ACS)
急性冠症候群(ACS:acute coronary syndrome)は心臓の栄養血管である冠動脈にプラークや血栓が石灰化によって冠血流が低下し、心筋虚血になることです。

ACSは「不安定狭心症」「急性心筋梗塞」「心臓突然死」の総称になります。

診断項目としては
症状(胸痛など)
12誘導心電図(ST上昇、ST低下) →冠動脈閉塞部位
心エコー →合併症
血液検査(CK、トロポニンなど) →心筋壊死
であり、
主に行われる治療はカテーテルで冠動脈の病変部を再灌流させる経皮的冠動脈インターベンション(PCI)です。
PCIがうまくできなかったり、心室中隔穿孔や左室自由壁破裂などの合併症で冠動脈バイパス手術(CABG)が行われることもあります。
ACS症例では冠血流を増加させるIABPが代表的な補助循環です。
近年Impellaも保険承認され、使い分けがこれから変わってくると思います。
VA-ECMOも根強く使われており、循環動態が破綻した心原性ショックでPCI前に導入することもあります。
心腎連関症候群(CRS)
心臓と腎臓は相互関係があり、片方が悪くなればもう片方も悪くなる。という作用があります。
集中治療領域ではたびたびみられるこの「心腎連関症候群(CRS : cardio-renal syndrome)」は心不全・腎不全の危険因子として知られています。

5つのタイプが考えられています。
1 急性心不全 → 急性腎不全
2 慢性心不全 → 慢性腎不全
3 急性腎不全 → 急性心不全
4 慢性腎不全 → 慢性心不全
5 全身性疾患(敗血症など) → 急性・慢性心不全、急性・慢性腎不全
心外の術後
心臓血管外科の術後はバイタルが不安定で、突然心停止を起こすこともあります。
日頃から、突然の心停止でも対応できる体制を院内で構築しておく必要があります。
機械のサポートはもちろん、我ら臨床工学技士も胸骨圧迫する場面があります。
ペースメーカーやIABP、VA ECMOの循環管理だけでなく、術後の呼吸不全からVV ECMOを導入することもあります。
また、慢性腎不全患者の周術期管理や術後に立ち上がらない急性腎障害の補助でCHDFを急遽導入することもあります。
他にも、脳卒中や非閉塞性腸間膜虚血(NOMI)など重症なほど合併症も多く見られます。柔軟に対応できるようにしましょう。
心停止後症候群(PCAS)
心停止後症候群(PCAS : post cardiac arrest syndrome)は心肺蘇生(CPR)後の再灌流で起こる病態です。
心停止後症候群(PCAS)は
・脳損傷
・心筋障害
・全身性虚血再灌流障害
・残存する心停止の原病
の4つに分類されます。
後遺症になる前に早めに病態を把握し、治療するのがカギです。
脳損傷
脳は虚血に弱く心停止後は脳障害や脳死に至ることもあります。心停止後症候群(PCAS)の中で最も多いのが脳損傷です。心停止に心肺蘇生(CPR)を行った後は低体温療法を行うことが推奨されています。高体温下では代謝量も増えるため、脳で酸素が盛んに代謝され虚血状態になってしまいます。脳保護を目的に低体温療法では患者を低体温にして脳の代謝を抑えます。
心筋障害
原因が心筋梗塞であれば経皮的冠動脈インターベンション(PCI)を行います。心筋梗塞が原因でなくても心停止による虚血によって心筋障害が起こります。心電図変化や壁運動低下、心拍出量の低下などが起こります。一時的な虚血のようであれば時間の経過で回復することが多いです。
全身性虚血再灌流障害
一度虚血になった臓器や血管が再灌流すると、サイトカイン産生や凝固系亢進が起こり臓器障害になることがあります。心拍再開(ROSK)後は各臓器の障害に注意しながら観察し、治療していきます。サイトカイン除去を目的としたCHDFを行うことがあります。
残存する心停止の原病
心肺蘇生(CPR)で再灌流しても原病の治療が行われなければ再度、心停止する可能性が高いです。原因を早めに特定し、治療をします。
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参考にした資料
[参考書]臨床工学技士集中治療テキスト(日本集中治療医学会,2019)