臨床工学技士が知っとくべき肺にまつわる病気のお話をご紹介します。
というのも、モニタリングであるSpO2やETCO2の数値の解釈が病態によって違うからです。血ガスもですね。
そこから人工呼吸器を適切に設定するうえでも、病態を理解する必要があります。
逆に理解して臨めば、有意義に治療ができるので、まさに臨床工学技士の腕の見せ場です!!
ICUでは急性呼吸不全や急性呼吸促迫症候群(ARDS)の患者が多いです。
呼吸不全は血液ガス分析で検査し
PaO2 60mmHg以下がI型呼吸不全
PaO2 60mmHg以下 + PaCO2 45mmHg以上がII型呼吸不全
I型はいわゆる酸素化障害で酸素が問題!
II型はいわゆる換気障害で酸素と二酸化炭素が問題!
急速に発症(一週間程度)したものが急性呼吸不全になります。
呼吸不全に検査には閉塞性と拘束性に分類する呼吸機能検査がありますが、急性期では検査が困難なためあまり使用しません。
呼吸機能検査
急性呼吸不全では呼吸回数増加、努力呼吸、頻脈が最初に見られます。血液検査で動脈血の血液ガス分析を行います。
胸部X線、CT、エコー、12誘導心電図などで精査し、原因の鑑別を行います。
呼吸不全の病態
呼吸不全の病態は
・拡散障害
・換気血流比不均衡
・シャント
・肺胞低換気
拡散障害・換気血流比不均等・シャントがI型
肺胞低換気がII型
と分類できますが、実際は完全に分類できるわけではなく、これらの病態が組み合わさったケースが多いです。
呼吸不全の病態は「吸入気酸素分圧の低下」もありますが、山頂とかの特殊な環境下で起こるものなので、ICU(院内)では除外します。
呼気終末陽圧(PEEP : positive end-expiratory pressure)
吸入気酸素濃度(FIO2 : fraction of inspiratory oxygen)
拡散障害
酸素が肺胞内から血液中に通過する(拡散)過程で障害が起きることを拡散障害と言います。
拡散障害では酸素化が障害され、A-aDO2が上昇します。
二酸化炭素は酸素に比べて20倍拡散しやすいと言われています。
なのでPaCO2は上昇しません。
間質性肺炎が代表的です。
換気血流比不均衡
換気血流比不均衡では酸素化が障害され、A-aDO2が上昇します。
代償(過換気)されればPaCO2は上昇しません。
換気(V)と血流(Q)の正常比はV/Q=0.8で1が最も酸素化の効率が良いです。
換気(V)の方が多くなるとV/Q=1以上で死腔様効果、さらに多くなりV/Q=∞で死腔となります。
血流(Q)の方が多くなるとV/Q=1以下でシャント様効果、V/Q=0でシャントとなります。
肺炎や急性呼吸促迫症候群(ARDS)、心不全などが多いです。
人工呼吸器を装着すると換気血流比が変わってきます。詳しくはこちらで解説しています→「陽圧換気と陰圧換気の違い」
シャント
シャントでは酸素化が障害され、A-aDO2が上昇します。
代償(過換気)されればPaCO2は上昇しません。
シャントは肺胞が虚脱すると血流だけがありV/Q=0になります。
この部分はガス交換されません。
肺毛細血管シャント(capillary shunt)とも呼ばれます。
FIO2ではなくPEEPによる肺胞再拡張(リクルートメント)で酸素化が改善します。
肺炎や急性呼吸促迫症候群(ARDS)、心不全などが多いです。
右左シャント
右左シャントは解剖学的シャント(anatomical shunt)とも呼ばれます。
心房中隔欠損や心室中隔欠損、肺動静脈瘻などがあげられます
肺胞低換気
換気量が少ない病態です。
換気量不足から二酸化炭素が排出できずPaCO2が上昇します。
低換気量やPaCO2上昇からPaO2も低下します。
頭(呼吸中枢)の障害や神経・筋の障害、胸郭・肺容量の低下、気道狭窄などが原因で神経筋疾患・薬物中毒、COPDがあげられます。
換気量が増加すれば改善します。
PaO2が低い時は酸素投与しますがCO2ナルコーシスに注意します。
酸素化の指標
動脈血酸素分圧(PaO2)
動脈血酸素分圧(PaO2 : partial pressure of arterial oxygen)は動脈血の酸素分圧です。
PaO2は下の式から成り立ちます。
PaO2 = FIO2 (大気圧 - 飽和水蒸気圧) - PaCO2 / 呼吸商 - A-aDO2
病態でA-aDO2が上昇するとPaO2が低下してしまいます。
動脈血酸素飽和度(SaO2)
動脈血酸素飽和度(SaO2 : arterial oxygen saturation)は医療現場ではPaO2と同じような意義で「PaO2を予測するもの」です。
SaO2はパルスオキシメータで測定したものをSpO2と言います。
SpO2の値からPaO2を予測するのに酸素解離曲線を使います。
SpO2 90%の時はPaO2 60mmHgくらいになり呼吸不全との境目になります。
肺胞気動脈血酸素分圧較差(A-aDO2)
肺胞気動脈血酸素分圧較差(A-aDO2 : alveolar-atrial oxygen difference)は肺胞と血中の酸素分圧の「差」のことです。
A-aDO2 = PAO2 - PaO2
肺胞気酸素分圧(PAO2 : partial pressure of alveolar oxygen)
動脈血酸素分圧(PaO2 : partial pressure of arterial oxygen)
P/F比
PaO2とFIO2の比になります、PaO2だけでなくFIO2を酸素化障害の程度はわかりません。
同じPaO2 60mmHgでも
室内気(FIO2 = 0.21(21%))下でPaO2 60mmHgなのか
FIO2 = 1.0(100%)の人工呼吸器管理下でPaO2 60mmHgなのかでは
明らかに後者の方が酸素化は悪いです。
P/F比は低いほど悪く
300以下で軽症、100以下で重症と言われています。
換気の指標
動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2)
動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2 : partial pressure of arterial carbon dioxide)は動脈血の二酸化炭素分圧で次の式になります。
PaCO2 = k × (CO2産生量) / (肺胞換気量)
(肺胞換気量) = (一回換気量) – (死腔量)
換気量が下がるとPaCO2は上昇します。
PaCO2を簡単に予測するためにETCO2が使用されます。
換気血流比不均衡がなければ、PaCO2≒ETCO2になります。(ETCO2の方がちょっと低い)
この時にpH、HCO3-、BEを見てアシドーシスなのか、慢性なのか、腎の代償はあるか、などの酸塩基平衡を確認しておきます。
乳酸(Lac)値を見て嫌気性代謝の有無、全身の酸素需給も確認します。
他にも聴診、視診、打診、胸写(X線)や胸部CT、肺コンプライアンスなどを指標に酸素化・換気・呼吸仕事量を評価します。
呼吸不全の治療
基本的に酸素化と換気は分けて考えます。
酸素化
FIO2↑とPEEPでPaO2↑します(極端な低換気を除く)
換気
換気補助によって換気量↑でPaCO2↓します
酸素療法によりFIO2を上げ、PaO2を増加させます。
II型の呼吸不全ではCO2ナルコーシスのリスクが高いので必要以上に酸素は投与しない方が良いです。
換気が不十分な場合はNPPVや人工呼吸器を使用し、換気補助と酸素化を行います。この段階でPEEPをかけることもできます。
緊急の時は用手的に人工呼吸(バッグバルブマスク)を使います。
人工呼吸器でも状態が悪化する場合はECMO(体外式膜型人工肺)を使用し、血液を直接酸素化・換気させます。
これらは単なる肺の補助であり、治療ではありません。酸素療法、人工呼吸器、ECMOで呼吸を補助(代行)している間に原疾患に対する治療を行います。
ICU-AW(ICU - acquired weakness)の予防や肺障害に対して体位交換(呼吸理学療法)することがあります。
急性呼吸促迫症候群(ARDS)
急性呼吸促迫症候群(ARDS : acute respiratory distress syndrome)は様々な基礎疾患に続発して急速に発症する呼吸不全と定義されています。
どんな疾患も重症になれば呼吸不全が現れることがあります。
ARDSの診断には「ベルリン定義」がよく使用されます。
心不全でも肺水腫が現れることがあります。
心原性肺水腫は静水圧の上昇で肺水腫になりますが、
ARDSは主にサイトカインが原因で血管透過性亢進による肺水腫が起こります。
大事なタンパクも血管外に逃げていきます。
さらにARDSではII型上皮細胞も障害されサーファクタント欠乏によって肺胞が虚脱しやすいです。
このような病態は浸出と呼ばれておりARDS発症から一週間は続くと言われています。
心原性の肺水腫とARDSの肺水腫は違うため、まず鑑別します。
ARDSの治療
ARDSには万能薬は存在しないため、原疾患に対する治療と「腹臥位療法」、人工呼吸器管理の設定による「肺保護戦略」や「APRV」「HFOV」が行われます。
腹臥位療法
仰臥位から腹臥位にすることです。
横隔膜の動きが改善され、換気・換気血流比が改善されます。
腹臥位によって、口腔・気道内の分泌物が排出されやすくなる(ドレナージ効果)。よってVAP発生頻度の低下も期待されています。
実際にP/F比150以下のARDS患者に死亡率が低下したというエビデンスもあります。
しかし、患者に対する重力の向きが変わり循環動態の影響が大きく、褥瘡やカテーテル抜去などにも配慮がいるため、人員と技術が必要になります。
肺保護戦略
肺保護戦略とは呼吸器設定のことで、次のように設定します。
・低一回換気量 6ml/kg
・吸気プラトー圧 30cmH2O以下
・PEEPは肺胞の虚脱を防ぐレベル
・PaCO2の高値を容認する
肺が広がったり縮まったり(ずり応力)することで起こる肺障害を避け、肺を保護する目的でおこなわれます。
APRV
APRV(Airway Pressure Release Ventilation)とは呼吸器のモードです。
自発呼吸中で高いPEEPをかけ、短時間で低いPEEP(解放)にします。
この解放時に換気が生まれます。
APRVによって高い平均気道内圧が得られ、肺胞再拡張(リクルートメント)が期待できます。
平均気道内圧 = PEEP + 吸気圧 × (吸気時間) / (吸気時間+呼気時間)
しかし、高いPEEPによる心拍出量低下や高経肺圧によるVALIの発生リスクがあります。
HFOV
高頻度振動換気(HFOV : high frequency oscillatory ventilation)は 2~3ml/kgの解剖学的死腔以下の換気量で10Hz(1秒に10回)換気する呼吸器設定です。
小さい圧変化で肺障害を避け、虚脱を防止しながら高い平均気道内圧を保つので、肺保護換気と同じ意図で生まれた設定です。
患者の呼吸がいまいち把握できないのと有効性があまりない点で使用されることは多くないです。
輸血関連急性肺障害(TRALI)
輸血後に発症するARDSです。
血液製剤によって好中球が活性化するのが原因と言われています。
輸血関連急性肺障害(TRALI)は新鮮凍結血漿(FFP)で最も頻度が多いです。
輸血関連急性肺障害(TRALI)がわかれば輸血を中止し、呼吸不全として対応します。
VIDD
人工呼吸器誘発性横隔膜障害(VIDD : ventilator induced diaphragmatic dysfunction)は長期間の人工呼吸器で横隔膜が機能不全を起こす障害です。
廃用性萎縮と言われることもあります。
筋力低下を招く薬剤(ステロイドや筋弛緩薬)、電解質異常、低栄養、肺の過膨張はできるだけ避けましょう。
人工呼吸器の「NAVAモード」はVIDDを予防する効果が期待されています。
人工呼吸器関連肺障害(VALI)
人工呼吸器関連肺障害(VALI : ventilator associated lung injury)は高い経肺圧や過大な一回換気量で肺胞が過膨張し、肺胞破裂や気胸などが起こる障害です。
低い経肺圧でも肺胞の虚脱と再開通を繰り返すとVALIになることがあります。
VALIを防ぐには適切な呼吸器管理が重要になってきます。
オススメ関連記事
人工呼吸器 はこちら
NPPV はこちら
酸素療法 はこちら
ETCO2 はこちら
SpO2 はこちら
その他の記事 はこちら(HP)
参考にした資料
[参考書]人工呼吸ケアのすべてがわかる本(2017)
[参考書]呼吸器(病気が見える,2013)
[雑誌]人工呼吸器(INTENSIVIST,2018)