臨床工学技士が知っとくべき脳にまつわるお話をご紹介します。
というのも、脳はとにかく「虚血に弱い」のです。
心停止と特に関わりが強く、蘇生時やPCPS・ECMOを管理するうえでも常に脳のことを念頭において治療する必要があります。
出血や血栓でも脳血流に影響があるので、われわれ臨床工学技士が日々行っている「抗凝固療法」も慎重に調整しなければなりません。
治療・機器の設定をするうえでも、脳を理解することはとても有意義で、臨床工学技士の腕の見せ場です!!
集中治療室(ICU)での「脳」にまつわる疾患、イベントをピックアップしてみました。
ICUでは
心肺蘇生(CPR)後の「心停止後症候群(PCAS)」
や
「脳卒中」や「頭部外傷」などの中枢神経疾患
の患者が来られます。
心停止後症候群(PCAS)
心停止後症候群(PCAS : post cardiac arrest syndrome)は文字通り心停止した後に起こる病態です。
心筋障害や全身虚血後の再灌流障害などが心停止後症候群(PCAS)になります。
中でも最も多いのが「脳損傷」です。
脳損傷
脳はとにかく
「虚血に弱い!!」
です。
脳の血流が途絶えれば3分で脳死になると言われています。
心停止では全身の血流が途絶えるため、いかに早く心肺蘇生(CPR)をして心拍再開(ROSC)させることが脳保護につながります。
心肺蘇生(CPR)で心臓が立ち上がらず心拍再開(ROSC)がすぐに不可能な場合でもVA ECMOによって心臓の代わりに全身循環を代行する「ECPR」という方法で脳の虚血を防ぐことができます。
心肺蘇生(CPR)も脳保護を目的に行うため、最近では「心肺脳蘇生」と言われることもあります。
脳損傷の治療
とにかく脳は虚血に弱く、心停止後は脳障害や脳死に至ることもあります。
心肺蘇生(CPR)を行った後は「低体温療法」を行うことが推奨されています。
高体温下では代謝量も増えるため、脳で酸素が盛んに代謝され虚血状態になってしまいます。
「低体温にして脳の代謝を抑える」これが低体温療法です。
脳卒中
脳卒中は「脳梗塞」と「頭蓋内出血」に分けられます。
・血栓がつまるのが脳梗塞
・出血するのが頭蓋内出血
になります。
CTで脳梗塞か頭蓋内出血かを判断します。
・出血は「白く」映ります。
・梗塞は「黒く」映ります。
梗塞はMRIだとよりわかりやすく、鑑別や病変部特定の精査に使用されます。
脳梗塞
脳梗塞は主に高血圧が原因で脳血管が動脈硬化になり、そこに血栓が詰まることで脳が虚血になり、壊死してしまう病気です。
・ラクナ梗塞
・アテローム血栓性梗塞
・心原性脳塞栓症
ラクナ梗塞は「細い動脈」がつまります。
アテローム血栓性梗塞は「太い血管」がつまります。
心原性脳塞栓症は心房細動などで心臓に血栓ができ、その血栓が脳に行き血管でつまります。
なかでも心原性脳塞栓症は重症になりやすいです。
心臓内(左房内)の血栓は経食道エコーでみるとわかりやすいです。
脳梗塞の治療
急性期の脳梗塞は血栓溶解療法により遺伝子組み換え組織プラスミノーゲン・アクチベータ(rt-PA)を投与します。
他にもアスピリンなどの抗血小板薬を投与することがあります。
カテーテルによって血栓をとる「ステントリトリーバー」もあります。
脳保護を目的に「エダラボン」を投与することがあります。
脳梗塞発症時には脳細胞を酸化させて障害するフリーラジカルが増加します。
参加されやすいエダラボンを投与することでフリーラジカルを積極的に消費させます。
頭蓋内出血
頭蓋内が出血した状態です
大きく分けると
・脳出血
・くも膜下出血
があります。
脳出血は「脳の中」が出血する病気です。
くも膜下出血は「脳の表面」が出血する病気です。脳動脈瘤の破裂がほとんどです
頭蓋内出血の治療
脳出血は小さい出血であれば手術を行わない方が良いですが、大きい出血の場合は手術を行います。
・頭に小さい穴を開け、注射器で吸引する「定位的血種吸引術」
・頭を切って手術する「開頭血種除去」
・鼻の穴から内視鏡を入れる「神経内視鏡」
などを行います。
くも膜下出血の原因は脳動脈瘤破裂がほとんどです。
治療は脳動脈瘤に対して行われ、「クリッピング手術」やカテーテルによる「コイル塞栓術」があります。
頭部外傷
交通事故などで外部から圧力が脳にかかることで出血する病気です。
種類は局所性脳損傷(脳挫傷、急性硬膜外血種、急性硬膜下血種、外傷性脳内血種)やびまん性脳損傷があります。
重症頭部外傷の治療
外科的な処置として
・頭を切って手術する「開頭術」
・頭に穴を開け、管を入れて血種を吸引する「穿頭術」
があります。
全身管理もICUにいる他患者と少し違います。
・動脈血酸素飽和度(SpO2)95%以上
・動脈血酸素分圧(PaO2)80mmHg以上
・動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2)40±5mmHg、ICP高値では35±5mmHg
・収縮期血圧100(110)mmHg以上
・体温は平熱を維持(高体温で冷却し脳虚血を防ぐ、低体温では加温し凝固能を維持する)
これら全身管理は
・二次的な脳損傷を防ぐ(not低酸素・not低血圧)
・脳圧亢進を防ぐ(not高ICP)
ことが目的です。
さらに重症頭部外傷ではICPモニタリング(後述)を行い、そのモニタリング値から必要であれば治療を加えます。
中枢神経疾患のモニタリング
これら脳梗塞、頭蓋内出血、頭部外傷などの中枢神経疾患では
治療の有効性や予後を把握するために各種モニタリングを行います。
圧モニタリング
圧のモニタリングは
・収縮期血圧(SBP)
・頭蓋内圧(ICP)
・脳灌流圧(CPP)
があります。
収縮期血圧(SBP)
収縮期血圧(SBP)100(110)mmHg以上にすると死亡率低下、神経学的予後の改善が期待できます。
頭蓋内圧(ICP)
頭蓋内圧(ICP : intra cranial pressure)は
・頭蓋骨内の脳(80%)
・血液(10%)
・髄液(10%)
から生じる圧力です。脳容積の増加(脳腫瘍、脳出血、脳浮腫)、血液量の増加、髄液量の増加でICPは上昇します。
ICPの正常値は6~12mmHgです。ICP22mmHg以上で「治療を行う」ことを推奨。このときCTも一緒に評価して治療を行うか決めます。PaCO2(動脈血二酸化炭素分圧)が高いと脳血管が拡張するためICPが上昇します。PaCO2が低いとICPが低下しますが過換気(PaCO2 25mmHg以下)は推奨されていません。他にも頭位挙上、脳室ドレナージ浸透圧補正(マニトール、高張食塩液)、開頭術、バルビツレート療法などでICPは低下します。頭部外傷ではICPのモニタリングが推奨されており、ICPが過度に上昇しないようコントロールします。
脳灌流圧(CPP)
脳灌流圧(CPP : cerebral perfusion pressure)
=平均動脈圧(MAP)-頭蓋内圧(ICP)
60~70mmHgで管理すると生存率、神経学的予後改善が期待できます。70mmHg以上では逆に呼吸不全のリスクが上がります。
50mmHg以下で脳虚血が進行します。
脳波(EEG)
脳波(EEG : electroencephalogram)はCTやMRIで分からない意識障害の鑑別に有用です。
周波数分類で
・δ波(1~3Hz)
・θ波(4~7Hz)
・α波(8~13Hz)
・β波(14~29Hz)
・γ波(30Hz~)
があり、正常の覚醒脳波は頭頂~後頭部がα波になります。
左右差やとがった波(棘波)、幅の広い波(鋭波:えいは)などが現れます。
脳死の時は波が現れません。(平坦脳波)
中枢神経のモニタリングは他にも、音を流して脳幹の電位を調べる聴性脳幹反応(ABR : auditory brainstem response)や脳から脊髄、末梢神経までの伝導を見る体性感覚誘発電位(SEP : somatosensory evoked potentials)などがあります。
脳波を利用したBISモニターは麻酔モニタリングとして使用されます。
意識レベル
意識レベルの評価として
グラスゴー昏睡尺度(GCS : Glasgow coma scale)
日本式昏睡尺度(JCS : Japan coma scale)
合計点が3~8点で重症
GCSは合計点数が低いほど、JCSは点数が高いほど重症です。
他にもECSやFOURスコアなどがあります。
脳卒中の評価として
NIHSS(national institutes of health stroke scale)が代表的です。 他にもシンシナティ病院前脳卒中スケール(CPSS)や倉敷病院前脳卒中スケール(KPSS)などがあります。
遺伝子組み換え組織プラスミノーゲン・アクチベータ(rt-PA)の適応を判断する指標にもなります。
肝性脳症
肝障害が起こると昏睡物質(主にアンモニア)が解毒されず、脳に蓄積され中枢神経症状が現れることがあります。
重症な場合は昏睡に至ることもあります。
ICUでは日々の血液検査で肝障害が起きていないか常にチェックします。
肝性脳症の治療として、アンモニアを抑える薬物療法がありますが、原疾患の肝不全治療で血漿交換(PE)を行うこともあります。
脳死
脳死は脳の機能が失われ、回復の見込みがない状態です。
脳幹機能があり自発呼吸がある。など、脳の一部が機能して回復の見込みがある「植物状態」と意味が少し違います。
脳死で「臓器提供」を希望する場合は法的脳死判定を行います。
法的脳死が確定したら他の臓器が動いていても「人の死」として認められます。
臓器提供を希望しない場合は終末期医療になるため、しっかりとインフォームドコンセント(IC)をとり、緩和ケアなどの支援に努めます。
法的脳死判定には以下の項目があります。
法的脳死判定
・深い昏睡
・瞳孔散大
・脳幹反射消失
・平坦脳波
・自発呼吸の停止
・6時間以上経過後も上記検査で変化なし
※必要な知識と経験を持つ移植に無関係な2人以上の医師が行う。
オススメ関連記事
ECMO/PCPS はこちら
心肺蘇生(CPR) はこちら
心不全 はこちら
凝固 はこちら
その他の記事 はこちら(HP)
参考にした資料
[参考書]臨床工学技士集中治療テキスト(日本集中治療医学会,2019)
[指針]頭部外傷治療・管理のガイドライン(日本神経外科学会,2019)